自彊術に思うところ

自彊術(じきょうじゅつ)の事を初めて妻から聞いたのは、10年前わたしが45歳の時である。その時は自彊術という名前すら知らなかった。大正時代に天才あんま師と呼ばれていた中井房五郎という人が、考案した健康体操のことである。妻は幼少から、喘息などを患い虚弱であった。大人になってからは、健康のために色々と自然療法などを、ひとりで試したらしい。自彊術のことは、東城百合子氏の名著「自然療法」の中で知り、直感的にこれは良いと思い、本を見ながしばらくらやってみたが、良く分からないまま、やがてその時は止めてしまったらしい。

自彊術の考案者中井氏が、わたしと同じ治療家であったという背景にも興味がわいたが、そのころわたし自身のメタボ体型が、気になりはじめていた頃でもあったので、教室に通い始めるまでに、そう時間は掛からなかった。ところが、門戸を叩いた教室は、先生も生徒も皆女性。聊か抵抗があったのは事実である。体操自体も、正直に言うとその時は良いのか悪いのかさえ、良く分からなかった。しかしながら、不思議なことに何となく一応真面目に通い続けた。直感的にそうすべきと感じたのであろう。

週1日の教室に通い始め2年が経った頃、その日は頻繁に身体がふらついた。血圧を測ると170-100、年齢40台にしては明らかに高い。一般的には直ぐに血圧降下剤で対処療法となるが、鍼灸と指圧の臨床家である自分としては、それにはためらいがあった。薬は悪と言うような、ありがちな考えは無いものの、では他にはどんな手がるものか・・・。そうか・・・自彊術があった・・・これにかけてみよう。

改めて自彊術について調べなおすと、考案者中井氏が言うには、自彊術は日に朝晩の2回行うことで、万病が克服できると明記されており、その自信が伺える。自彊術は31種類の動作で構成されており、クールダウンの繰り返し動作も含めると、全44動作で終了し約30分を要する。初心者も熟練者もやることは、たったそれだけである。奥義は深いが、他には何も無い。このシンプルさがすごくいい。ところが、それまで、週に1回の教室でしかしなかった自彊術を、毎日朝晩2回行うのは結構ハードルが高かったが、他には選択肢は見つからず、とにかく騙されたと思ってやってみることにした。すると10日後には血圧が120-60に下がった。まことに驚きであった。

自分の高血圧は、いわゆる本態性高血圧であることは良く分かっていた。原因不明も含め様々な説があるが、要するにストレスと老化が原因だと、個人的には考えている。臨床でもこれまで何度もお目に掛かった事はあるが、残念ながら鍼灸指圧でもっても、顕著な効果が得られたことは稀である。つまり難治なのである。ストレスと老化に対し、これほどまでの顕著な効果は、全く期待していなかった。天邪鬼な自分は、いたずらに自彊術をやめてみた。すると、じわりじわりと、また血圧が上がっていくのである。自彊術を生涯やり続けるに腹を括った瞬間である。また、ストレスと老化に効くのであれば、それらが及ぼす高血圧以外の他の多くの病気などにも効果がある筈と、その時にそう感じたのである。それ以降、日に二回の自彊術は、ほぼ欠かしたことは無く、おかげで健康体と健康体型を維持し続けている。

ちょっと歴史を振り返ってみたい。考案者中井氏は1877年(明治10)香川県の現在の坂出市生まれ。幼少時は無類の腕白で尋常小学校を2年次で退学させられている。その後、四国八十八箇所霊場の第八十一番札所でもある、坂出市五色台の白峰中腹の白峯寺の、小僧になるも悪戯が過ぎて、もはや修行することも無く、自由に山に入っては動物と戯れるなどしながら、寺での生活を送る。そうする間に、ある日自由が過ぎて13歳のとき、いよいよ山で遭難して白峯寺に戻れなくなってしまい、そのまま独りで山中の動植物を摂食しながら4年の月日を送る。その山中では、大好きな動物と戯れたり、様々な神秘的な体験も経験するなど、青年中井にとってそれなりに楽しんでいたように想像する。しかしながら、ある夢をきっかけに、自分の生まれ育った村に戻ることを決心する。その夢では、神様らしきものから、自分はそれまでしたいようにしてきたので、あとは世の人助けに人生を捧げる事を諭され、誰でもどんな病気でも治せる力が自分にはあることも、確信させられたそうである。手の付け様の無い不良青年に、なぜそのような能力が備わったかは、摩訶不思議なことである。村に戻った日、早速その前日に亡くなった姉の息を、中井氏独特の治療で吹き返らせ、人々を驚かせたのだと言う。これが中井氏にとって最初の治療となる。17歳の時である。

その後は、坂出市内に4箇所の道場を開き、山中生活から独自で習得したであろう柔道と剣術の指導を行う傍ら、道場に通う人たちに向け、打ち身や捻挫など怪我の治療も担う。ある日一念発起し、それら道場全てを閉め、朝鮮から中国に渡る。そこでは日々多数の患者と接し、のべ30万人に治療を施し、自分の治療や透視能力に確固たる自信を持ち帰国する。中井氏28歳の時である。直ぐに坂出市に治療所を構え、難病を抱えた患者たちを次々と治したそうである。その後、中井氏33歳の時、現東京都墨田区に治療所を構え、中井氏独自の治療に専念する。中井氏の無類の治療と透視能力についての逸話は、今も数多く存在している。

そんな天才治療家中井氏のもとには、毎日全国からの患者で溢れ返っていたと言う。当然中井氏ひとりでは診切れない。そこで、中井氏にふと案が浮かぶ。患者自身が一人で出来る自己療法なるようなものは出来ないものかと。すぐさま中井氏はその31種の動きをわずか1時間程で作ったと伝えられている。中井氏の患者の一人で特に懇意にもしていた、十文字大元氏はそのことを大いに喜び、当時同氏は事業など大成功を収め何かと余裕もあったことから、十文字氏がその多くを出資し、自彊術の道場を造り中井氏にその指導にあて、世に広める地道な活動を行う。同氏は自彊術の名付親でもある。以上、歴史については、中井氏本人の談話によるものである(十文字大元遺著「自彊術の真髄」より)。

因みに、埼玉県の十文字学園の創立者は十文字氏の配偶者 十文字こと であり、身体教育の一環として、学園創立以来自彊術を毎朝の日課としている。その効果の程は定かではないが、十文字学園の高校女子サッカー部は、全国優勝をするほどの強豪である。

自彊術は、先にも述べたが基本的に31種の動きで構成されている。1動は2動のための準備、2動は3動のための・・・といった具合に最後まで構成されており、実施者個々の状況に合わせさえすれば、老若男女の誰にでも出来て大いにその効果が期待できる。その内容と構成たるや、まことに絶妙であるとの一言に尽きる。また、がんばらず、サボらず、続けることが非常に大切である。これらを守りさえすれば、まさしく中井氏が豪語するように、本当に万病が克服できるのかもしれないと、自彊術11年目にしてようやく実感しはじめている。また自彊術から得られた知識や能力が、わたし自身の鍼灸や指圧を用いた臨床においても、非常に大きく役立たせてもらっているのである。

確認しておきたいが、自彊術は決してスポーツではなく芸術でもない。したがって他者と比べる必要が全く無い。自彊術はあくまで自己療術なのである。実施者個々が目標を持って行うものである。以下は、中井氏に聞かれると、叱られるかもしれないが、日に2回という頻度は理想ではあっても、必ずしもそこに拘る必要はないと、個人的には思っている。現代人には現代人の令和のペースで、臨機応変で良いのではないかと思っている。太短いよりも、細くとも長く続けることの方が、より大切なように個人的に感じている。

当時は元首相の大隈重信や、医師で政治家の後藤新平なども、自彊術を絶賛しており、日常の習慣としていたようである。また元プロ野球選手の故 水原茂は、読売ジャイアンツの現役時代から自彊術を行っており、東映フライヤーズ(現北海道日本ハムファイターズ)監督時代に、自彊術をチームの必須トレーニングメニューとして導入している。更に第二次世界大戦までは、国民体操として全国津々浦々行われていたようであるが、戦後、欧米生活様式が日本列島に急激に入って来てからは、廃る一方であった。後1965年ごろから、内閣府管轄 公益社団法人 自彊術普及会の長きに渡る活動により、今日自彊術は完全に息を吹き返している。自彊術が生まれて、今日までの100年余りもの間、中井氏が当時考案した自彊術が、ほぼそのままの形で現代に受け継がれていると想像するが、それは同普及会によるものが非常に大きいと思う。

自彊術を指導させていただくようになって未だ5年に満たないが、現代医学では難治性の高い疾病を抱える生徒さんたちが、自彊術を続けることで、確実に良くなっている様を日々目の当たりにしている。出来ない動きを無理にやる必要は無く、他の出来る動きをサボらず続けることで、後に出来なかった動きが徐々に出来るようになってくることが多い。本当によく設計されている。

心身の不具合は様々で、同じものは存在しないが、自彊術はその人にとって、より良い状態に徐々に導いてくれる。わたしの場合は、高血圧の問題の他に、メタボ体型の問題があったが、半年で約10キロの減量に成功した。日に2回の自彊術しか行っていない。中には痩せ過ぎていた人が、自彊術によって肥えたというケースもある。妻の喘息も日々の自彊術で、ほぼ完治している。ただ、残念ながら去っていった生徒さんたちが、なぜ去って行ったのか、またその後どういう状況なのかは、把握できていない。

この自彊術が、おそらく読み書きができなかったであろう中井氏が、本当に1時間でつくったのだとすれば、それは決して考えて出来るものでは無かったように思う。もっと神秘的な異次元の何かか、或いは動物的・本能的な閃きか、またはそれら全てからか、とにかく学問や思想・宗教など理屈を超えたところで、出来ているように昨今強く感じるのである。上手く言えないが、自彊術を日常的に行うことは、大脳が異常に発達してしまった二足歩行の人間、つまり他の動物に比べ、精神的・社会的・肉体的ストレスなどを受けやすい私達が、健やかに生き安らかに逝く上で、非常に理想的な養生法のように思うのである。だとすれば、中井氏の山中で4年もの月日をたった一人で生き延びたという経験と、それらから学んだ多くの事柄や、神秘的な体験などが、自彊術の多くを成しているのではないかと考えるのである。

中井氏には我々に自彊術を残してくれたことに心から感謝しつつ、今後も治療家として、自彊術の後継者の一人として、更に自彊術の探求のために精進していく所存である。ひいては、おこがましいが地球を健康にし、それが平和をもたらせることに繋がれば本望である。もしそれに付き合ってくださるのであれば、それは何人たりとも大歓迎である。少しでも興味があれば、是非教室に足を運んでいただきたい。この度は最後までお読みいただき、感謝の気持ちでいっぱいである。機会があれば、是非続編も作成させていただきたいと思っている。

令和元年9月20日

神田勝久拝